高校時代の話だ。
夏休みの終わり、バイト帰りに原付を走らせて──
友人のBとC、3人で廃ホテルに向かった。
幽霊が出るって、地元じゃちょっとした噂の場所だった。
くだらないと思いつつも、夏の終わりにそういうのも悪くないってノリで。
ホテルは山の中腹にぽつんと建っていた。
白かったはずの外壁は煤けて黒ずみ、窓ガラスは軒並み割れていた。
原付のライトが建物を照らした瞬間、思わず息をのむ。
想像以上に、雰囲気がある。
3人とも無言のまま、ヘルメットを取った。
「……マジでここ?」
「……うん、たぶん」
遠くに聞こえる街の喧騒が、かえって静けさを際立たせる。
「……ま、とりあえず行ってみようぜ」
Bの言葉に、Cが軽くうなずいた。
怖がってると思われるのが癪で、俺も黙って原付を止めた。
入口の前は、膝丈まで雑草が伸びていた。
かつて自動ドアだった痕跡を残し、空いた口のような空間がぽっかり開いている。
恐る恐る一歩、また一歩と中へ踏み込んだ。
月明かりがところどころ天井から差し込み、闇を割いていた。
スマホのライトを点けると、垂れ下がった天井クロス、
床一面に散らばるガラスの破片、崩れた2階の床が照らされた。
「うわ……やべーな」
「なんか怖いっていうより、あぶなそー……」
そのときは、Cもまだ余裕を見せていた。
ガラ……
パキ……
ジャリ……ッ……
足音がいやに大きく響く。
建物は想像以上に広く、通路の奥は闇に呑まれていた。
スプレーの落書き、壊れたソファ、何かの染み。
ただの廃墟なのに──
どこかに、誰かが息を潜めているような気配があった。
「……もう、帰ろうぜ」
俺が言うと、
「上いこうよ」
仕方なく、上の階を目指すことになった。
階段を登るたび、スマホの光が揺れて、
壁の染みが人の顔に見えたりして、神経がすり減る。
ようやく最上階にたどり着いた、そのとき──
「ギャーーッ!!」
友人の絶叫に心臓が跳ね上がり、思わず体がびくっと動いた。
「っはっはっは! おまえマジでビビりすぎ!」
Bだった。
ライトを向けると、笑いながら顔を隠している。
「ふざけんなよ……マジで……!」
怒りと恥ずかしさがこみ上げてくる。
緊張がゆるみかけた、そのときだった。
Cが、無言で廊下の奥へ歩き出した。
「おーい、C!」
呼びかけても返事はない。
スマホの光が背中を照らしても、無反応だった。
「……なんだ、あいつ。ちょっと行ってくるわ」
Bがそう言って駆け寄る。
Cは廊下の奥の突き当り、割れた大きな窓の方を指さしながら
Bに何か説明してるようだった。
すると、そのまま2人共、廊下の奥へ歩き出す。
すたすたと、ためらいなく。
その先には──
月明かりが差し込む、大きく割れた窓があった。
「おい、待て……!」
背筋に氷を這わされるような感覚。
ふたりとも、窓のギリギリまで来ている。
「やめろって! 止まれ!!」
俺は思わず走り出した。
助けなきゃ。間に合え。
そう思って、手を伸ばした──その瞬間。
グイッ!
背後から肩を引っ張られ、バランスを崩す。
「えっ!?」
振り返ると、そこには──
息を切らしたBとCがいた。
「……は? ……あれ?」
「おまえ、どうしたんだよ」
「いきなり走り出してさ。もう少しで落ちてたぞ、マジで」
「……え?」
混乱した。
さっきまで、窓の前にいたのは──BとCじゃなかったのか?
じゃあ、俺が助けようとしていたのは──
──誰だったんだ?
背中に、冷たい手のひらがぴたりと張りついているような感覚が残った。
帰り道、コンビニに寄ったとき、
俺たちはみんな無言だった。
青ざめた顔を見ても、茶化す気にはなれなかった。
「俺がさ、『もう帰ろう』って言ったとき……帰っときゃよかったな
Bが『上いこうよ』って言うから」
「は?俺じゃねーよ、Cだろ?」
「いや、俺も言ってないけど……」
──じゃあ、誰が言ったんだ?
「上いこうよ」って。
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