第十六夜「廃ホテル」

廃墟・廃施設

高校時代の話だ。

夏休みの終わり、バイト帰りに原付を走らせて──

友人のBとC、3人で廃ホテルに向かった。

幽霊が出るって、地元じゃちょっとした噂の場所だった。

くだらないと思いつつも、夏の終わりにそういうのも悪くないってノリで。

ホテルは山の中腹にぽつんと建っていた。

白かったはずの外壁は煤けて黒ずみ、窓ガラスは軒並み割れていた。

原付のライトが建物を照らした瞬間、思わず息をのむ。

想像以上に、雰囲気がある。

3人とも無言のまま、ヘルメットを取った。

「……マジでここ?」

「……うん、たぶん」

遠くに聞こえる街の喧騒が、かえって静けさを際立たせる。

「……ま、とりあえず行ってみようぜ」

Bの言葉に、Cが軽くうなずいた。

怖がってると思われるのが癪で、俺も黙って原付を止めた。

入口の前は、膝丈まで雑草が伸びていた。

かつて自動ドアだった痕跡を残し、空いた口のような空間がぽっかり開いている。

恐る恐る一歩、また一歩と中へ踏み込んだ。

月明かりがところどころ天井から差し込み、闇を割いていた。

スマホのライトを点けると、垂れ下がった天井クロス、

床一面に散らばるガラスの破片、崩れた2階の床が照らされた。

「うわ……やべーな」

「なんか怖いっていうより、あぶなそー……」

そのときは、Cもまだ余裕を見せていた。

ガラ……
パキ……
ジャリ……ッ……

足音がいやに大きく響く。

建物は想像以上に広く、通路の奥は闇に呑まれていた。

スプレーの落書き、壊れたソファ、何かの染み。

ただの廃墟なのに──

どこかに、誰かが息を潜めているような気配があった。

「……もう、帰ろうぜ」

俺が言うと、

「上いこうよ」

仕方なく、上の階を目指すことになった。

階段を登るたび、スマホの光が揺れて、

壁の染みが人の顔に見えたりして、神経がすり減る。

ようやく最上階にたどり着いた、そのとき──

「ギャーーッ!!」

友人の絶叫に心臓が跳ね上がり、思わず体がびくっと動いた。

「っはっはっは! おまえマジでビビりすぎ!」

Bだった。

ライトを向けると、笑いながら顔を隠している。

「ふざけんなよ……マジで……!」

怒りと恥ずかしさがこみ上げてくる。

緊張がゆるみかけた、そのときだった。

Cが、無言で廊下の奥へ歩き出した。

「おーい、C!」

呼びかけても返事はない。

スマホの光が背中を照らしても、無反応だった。

「……なんだ、あいつ。ちょっと行ってくるわ」

Bがそう言って駆け寄る。

Cは廊下の奥の突き当り、割れた大きな窓の方を指さしながら

Bに何か説明してるようだった。

すると、そのまま2人共、廊下の奥へ歩き出す。

すたすたと、ためらいなく。

その先には──

月明かりが差し込む、大きく割れた窓があった。

「おい、待て……!」

背筋に氷を這わされるような感覚。

ふたりとも、窓のギリギリまで来ている。

「やめろって! 止まれ!!」

俺は思わず走り出した。

助けなきゃ。間に合え。

そう思って、手を伸ばした──その瞬間。

グイッ!

背後から肩を引っ張られ、バランスを崩す。

「えっ!?」

振り返ると、そこには──

息を切らしたBとCがいた。

「……は? ……あれ?」

「おまえ、どうしたんだよ」

「いきなり走り出してさ。もう少しで落ちてたぞ、マジで」

「……え?」

混乱した。

さっきまで、窓の前にいたのは──BとCじゃなかったのか?

じゃあ、俺が助けようとしていたのは──

──誰だったんだ?

背中に、冷たい手のひらがぴたりと張りついているような感覚が残った。

帰り道、コンビニに寄ったとき、

俺たちはみんな無言だった。

青ざめた顔を見ても、茶化す気にはなれなかった。

「俺がさ、『もう帰ろう』って言ったとき……帰っときゃよかったな

Bが『上いこうよ』って言うから」

「は?俺じゃねーよ、Cだろ?」

「いや、俺も言ってないけど……」

──じゃあ、誰が言ったんだ?

「上いこうよ」って。

 

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