第四夜「カミンチュの道」

離島

就職が内定して、卒業までの間に時間ができた。

長年付き合っていた彼女、麻美と「最後にどっか旅行しよう」という話になり、いろいろ候補は出たけど、最終的に選んだのは沖縄の離島だった。本島じゃなく、もっと小さな島。

観光地化されすぎていないところでのんびり過ごしたい、っていう麻美の希望で、

フェリーを乗り継いで行くような離島にした。

俺たちは旅費を浮かすためにゲストハウスを利用し、地元の人がやってる食堂で食事をとる、っていう節約旅。

でもそれも俺たちには十分楽しかった。

到着して3日目、晴天。チャリを借りて島をぐるりと一周してみることにした。

地図を見ていて、ふと、舗装されていない脇道が気になった。

「こっち行ってみようか」「いいね、探検みたいじゃん」細い農道をしばらく進んだところで、島の集落の入り口らしき場所に出た。

そこには一人の老婆がいて、竹箒で道を掃いていた。

麻美が「あの、道間違えちゃって…」と声をかけると、老婆はにこやかに「こっち通らんほうがいいよ」と言った。

その時は、方言まじりでよく分からなかったが、老婆の言葉を要約すれば:その先は観光客が行く場所じゃない。

島の古い神行事に関係のある場所で、むやみに足を踏み入れるとよくないことがある。…ということだった。

麻美は興味津々だったけど、俺はなんとなく空気を読んで「じゃ、戻ります」と言ってUターンした。

それ以上、話を広げる気にはなれなかった。老婆が妙に真剣な目をしていたのが気にかかっていた。

その日の夜、麻美がぽつりと言った。

「…昼間の、あの道、行ってみたいなって思ったんだよね」

「だめでしょ。地元の人がやめとけって言ったんだよ」

「そうだけどさ…」俺は、行く気をなくさせるように少し強めに「そういうのが一番やばいんだよ」と言って寝た。

翌朝。麻美がいなかった。ゲストハウスのオーナーに聞くと、朝早くに一人で外に出ていったらしい。

嫌な予感がして、あの脇道まで行ってみると、足跡が一組だけ残っていた。

まっすぐ、林の中へ続いている。呼んでも返事はなかった。俺はその足跡を追って進んだ。

10分ほど歩いたところで、開けた場所に出た。

不自然なほど綺麗に草が刈られている。小さな祠がぽつんと立っていた。

その前に、麻美が座っていた。「おい!なにしてんだよ!」と声をかけても、返事がない。

無表情で祠を見つめたまま、微動だにしない。肩を揺らしても、目は合わなかった。

祠の前には、濡れた石が並べられ、その上に何かの儀式道具らしきものが置かれていた。

嫌な感覚に包まれて、俺は麻美を抱えるようにしてその場を離れた。

その後、麻美は普通に喋るようにはなった。ただ、口調や表情に違和感があった。

穏やかだったはずの彼女が、まるで年老いた女性のような振る舞いをするようになった。

そして、その日の夜、ぽつりとこう言った。

麻美「わたし、ここに残る」

俺「は?なに言ってんの」

麻美「わたしは、ここに戻ってきたんだよ」

島を出る前日、俺は島で神事を執り行うというカミンチュを紹介され、事情を話した。

俺の話を一通り聞くと、カミンチュの老婆は

「もう戻らんね」

「神に通された者は、あの道を通った時点で人じゃなくなるんよ。島が呼んだんだね」

俺は帰りたくなかったけど、数日後、ついに諦めて一人で帰ることにした。

笑顔で見送ってくれる麻美に、船の上から手を振ろうとして、凍りついた。

麻美……麻美じゃない……誰だ?

そこに居たのは、身なりは麻美そのものだが、全く違う顔の誰かが笑いながら手を振っていた。

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