ある日、バイトの都合で、大学の講義よりかなり早くキャンパスに着いてしまった。
学食に行く気にもなれず、人気のない講義室に入り、一番後ろの席に腰を下ろした。
静まり返った室内。
遠くから、どこか楽しげな学生の声が聞こえる。
──皆、青春してやがる。
そんなことをぼんやり思いながら、スマホを眺めていた。
そのとき。
コン、コン、コン
静寂を破る、ノックの音。
……ん?誰だ?
この時間に講義室をノックするなんて、珍しい。
そもそも時間外なんだから、普通は勝手に入ってくるはずだ。
目をやると、入口のドアの隙間から、小さな顔がすっと覗いた。
──子供だった。
なんでこんなとこに……?
「あ、ぼく──」
声をかけようとしたその瞬間、
子供は「ふふふ……」と笑いながら、すぐに視界から消えた。
隠れたのか、それとも逃げたのか。
迷子かもしれない。
仕方ない、事務所に連れていくしかないか──
そう思い、立ち上がった。
……そのはずだった。
気がつくと、白い天井が見えた。
病院のベッドだった。
後から聞いた話では、
俺は大学から10キロも離れた町の鉄橋から落ちたらしい。
目撃者が通報してくれたことと
ちょうど前日の雨で川の水嵩があったため、運よく一命を取り留めたという。
けれど──
そこまでどうやって行ったのか、
記憶は一切なかった。
あの子供は、いったい何だったのか。
なぜ、俺の前に現れたのか。
なぜ、俺が“選ばれた”のか。
今でも、何もわからない。
ただ──あの日、俺は講義室にいただけなのに。
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