第十二夜「講義室」

キャンパス

ある日、バイトの都合で、大学の講義よりかなり早くキャンパスに着いてしまった。

学食に行く気にもなれず、人気のない講義室に入り、一番後ろの席に腰を下ろした。

静まり返った室内。

遠くから、どこか楽しげな学生の声が聞こえる。

──皆、青春してやがる。

そんなことをぼんやり思いながら、スマホを眺めていた。

そのとき。

コン、コン、コン

静寂を破る、ノックの音。

……ん?誰だ?

この時間に講義室をノックするなんて、珍しい。

そもそも時間外なんだから、普通は勝手に入ってくるはずだ。

目をやると、入口のドアの隙間から、小さな顔がすっと覗いた。

──子供だった。

なんでこんなとこに……?

「あ、ぼく──」

声をかけようとしたその瞬間、

子供は「ふふふ……」と笑いながら、すぐに視界から消えた。

隠れたのか、それとも逃げたのか。

迷子かもしれない。

仕方ない、事務所に連れていくしかないか──

そう思い、立ち上がった。

……そのはずだった。

気がつくと、白い天井が見えた。

病院のベッドだった。

後から聞いた話では、

俺は大学から10キロも離れた町の鉄橋から落ちたらしい。

目撃者が通報してくれたことと

ちょうど前日の雨で川の水嵩があったため、運よく一命を取り留めたという。

けれど──

そこまでどうやって行ったのか、

記憶は一切なかった。

あの子供は、いったい何だったのか。

なぜ、俺の前に現れたのか。

なぜ、俺が“選ばれた”のか。

今でも、何もわからない。

ただ──あの日、俺は講義室にいただけなのに。

 

---今夜も「旅する怪談」をお読み頂き、ありがとうございました。怪談の旅はまだまだ続きます。次の夜も、どうかお付き合いください。---

※本記事に登場する地名・人物名は、実在のものとは関係ありません。あなたの身のまわりにも、不思議な出来事や忘れられない恐怖体験はありませんか?『旅する怪談』では、読者の皆さまからの体験談を随時募集しています。お寄せいただいた話は、当ブログにてご紹介させていただく場合がございます。体験談のご投稿は、【 投稿フォーム 】よりお待ちしております。

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