大学生の頃、友人の圭太と一緒に、地元で有名な神社へ肝試しに行くことになった。
地元では“消える祠”と呼ばれる、少し外れた場所にある小さな祠があり
行った者の中には「何かを見た」「帰ってきてから変になった」と噂されていた。
その祠は、地元の古老でも詳しいことを語りたがらない“見てはならないもの”が祀られているとも言われていたが、圭太はそういう話が大好きで、まるで宝探しにでも行くかのようにウキウキしていた。
神社の境内から裏手に入り、小道を抜けて森を進むと、苔むした石段が現れた。
「ここだよ。見えるか、あの祠」
霧がかかる中、ぽつんと立っていたのは、屋根の一部が崩れかけた木造の小さな社。
だが、不自然なことに、その祠の前だけが妙に光を帯びて見えた。
明かりなどないはずなのに、まるで誰かが中にいるかのように……。
「おい、誰かいるぞ……」
俺が言いかけた瞬間、圭太が社の前で足を止めた。
「……なぁ、おかしいと思わないか?」
圭太の声は震えていた。目を見開き、社の中を指さしている。
俺も覗き込むと、そこには確かに“誰か”がいた。
人のような形だが、明らかに違う。
肌は蝋のように白く、目は黒く深い穴のようで、口だけが異様に笑っていた。
衣のようなものを身にまとっているが、風もないのにその布が音もなくふわりと揺れていた。
「……何だ、あれ」
俺たちは一歩後ずさった。その瞬間、その“もの”がこちらを見た。
動いていないのに、顔がゆっくりとこちらを向いたのだ。
「おかえりなさい」
その声は、確かに圭太の母親の声だった。
「……母さん?」
圭太が小さくつぶやいた。
「圭太、こっちへ来て」
今度は、俺の耳元で声がした。振り返っても誰もいない。
「帰ろう、一緒に」
圭太が、ふらりと歩き出した。
「おい、待て!」
俺が肩を掴もうとした瞬間、強烈な風が吹き荒れ、目を開けていられなかった。視界が真っ白になり、転倒して頭を打った俺は、そのまま気を失ってしまった。
——目を覚ましたのは、朝方だった。祠は目の前にあったが、中は空だった。そして圭太も、どこにもいなかった。
警察や捜索隊が何日も山を探したが、圭太は見つからなかった。俺だけが見た“あれ”を説明しても、誰も信じようとはしなかった。
だが、それから一週間後——
圭太の母親が、突然倒れ入院した。彼女は何かに怯えるように呟いていた。
「圭太……あの女に連れて行かれた……」
圭太の母親は、夢に見るのだという、真っ白な肌、笑う口。
俺たちが見たあの存在が——今も、圭太を連れて、あの祠にいるのだろうか。
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